インタビュー

廣川照章の箱についてのインタビュー

2022年06月21日 (火)

自室から出されて、共有スペースに積み上げられた「箱」

廣川照章さんの入居するグループホームわくわくの管理者である中原耕氏にインタビューを行い、廣川さんの作る「箱」の背景やこだわり、施設スタッフの関わり方などをお聞きした。
(※今回のテキストは、2020年10月7日と22年3月9日に行った2つのインタビューを合わせて編集している。)

──「箱」はいつから制作されていたのでしょうか。

グループホームに来られる前から作られていて、詳しくは分からないんです。廣川さんは、以前は両親と一緒に暮らしていて、父親に次いで母親が亡くなった1年後くらいに、グループホームに入居することになりました。実家は1階が広く100平米ぐらいあり天井も3〜4メートルぐらいありそうな、とにかく広いスペースだったのですが、その1階部分に沢山の「箱」が積まれていました。500箱以上あったのではないかと思います。初めて見た時は、圧倒されました。

── グループホームに入居する際は、それらの「箱」はどうされたのですか。

2tトラックで引っ越しをしたのですが、私たちが家財道具を運んでいると、気づいたら廣川さんはせっせと「箱」を積みこんでいました。それ以上はやめてくださいって止めたんですよ。とても全部は運びこめないので、トラックに積める量だけ持っていこうということで納得してもらいました。

──その際の廣川さんの様子はどうでしたか。

基本的には不満はあったんじゃないんでしょうか。入居してからも、しばらくは実家に戻りたいという話もあったりしました。

──「箱」は毎日、制作されているんでしょうか。

毎日されていますね。週に4日仕事にいって、帰ってきて晩御飯を食べて19時ぐらいから自室に籠って、4時間ぐらいはしているみたいです。

──どんな様子ですか。

廣川さんは自室の鍵を厳重に閉めて制作するので、実は僕たちは制作している姿を見たことがなくて、どんな様子でといったことはわからないんです。物音から、紙を切っている気配などはわかるのですが、段ボールにガムテープを巻いている姿は見たことがない。ある種、謎めいていますね。ペースとしては、だいたい1週間で7個ぐらい完成しているので、1日1個のペースで制作していることになります。

──中には、何が入っているのでしょうか。

プリンの空き容器やチョコパイ、切り刻んだ紙とか。何かしらの容器が好きみたいです。お菓子のパッケージや洗剤の容器などを分別して部屋に貯めています。プリンのカップのように汚れているものは綺麗に洗って部屋に持っていっていますね。チョコパイは人にあげるけど、袋は返してもらったり。それをパッキングしているようです。あと、「箱」の内側にも外側と同様にガムテープを貼っています。

──何も入っていないようなものもありますが、廣川さんにとって違いはありそうですか。

若干、中身の入ってる方が大事なのかな。ただ、最近は中身が入ってなさそうなものが多いのですが、むしろ中身よりも作ったばかりの新しいものか古いものかを気にされている気がします。

──段ボールにこだわりはあるんですか。

いつも生協でもらってきていて、ばらつきはあるんですけど、カルビーのポテトチップの箱とかは多いですね。だいたいの好きなサイズがあるようです。

──「箱」として完成したものはどうしてわかるのですか。

完成したものは、自室から共有スペースに出して積み上げていっているので。その積み方にもこだわりがあるみたいです。

──世話人室のタンスの横に積み上げていっているものですよね。

決まりがあるみたいですね。以前、「箱」の量が減ったので、空いた隙間に掃除機をしまったら、すぐに出されて「箱」が積み上がっていました。完成した「箱」を私がもらおうとすると、これはダメです。こっちならいいです。と言われたことがあります。同じように見えても違いがあるみたいです。

──初めてご覧になった当時と、現在の「箱」には変化はありますか?

昔の方がガムテープをもっとぐるぐる巻きにしてたかな。厚みが最近ちょっと減りましたかね。もしかしたらグループホームの世話人が、そんなにガムテープ巻かなくていいからって結構言っているからかも。

──作品のタイトルが「箱」ということですが、普段から皆さん「箱」とよばれているんですか。

世話人は「段ボール」と呼んでいることが多いですね。本人が「箱」って一番言っている気がします。

──「箱」に関して、スタッフの方はどのように関わっていますか。

あくまで生活を支援する者として、ある程度の量はよかったんです。でも、気づいたら部屋の中の段ボールの数がどんどん増えていって、寝るスペースがないほどになってしまった。寝るスペースが横幅が80〜90cmくらい、布団が敷けないほどになっていた。寝返りも打てないくらい。で、これはあかんやろってなって、その当時のスタッフのアイデアで、ベッドを入れることになって、そのタイミングで箱をある程度、処分しました。廣川さんにとっては広い家があればどんどん作ってどんどん溜めていけるんですけど、グループホームという物理的な制約があって。本人的にはしんどいかもしれないですね。

──寝返りも打てないとき本人はストレスを感じていなかったのでしょうか?

本人的には、「寝返り打てないやん」とか「布団敷けないよ」とか言っても、「大丈夫です」しか言わない。風通しも悪くなるし、例えば「火事になったらあぶないでしょう」とか言うと、「死んでもいいです」という返事がきて、そこまで言われたら…こちらも返す言葉がない。こちらもずいぶん悩んで、半分ごまかしながらというか、定期的に減らしている。居室に置く場所が足りないから世話人室にはみ出ている状況で、なんとなく完成品は世話人室に置きましょうというように、いつ頃からかなった。

──作業ができない日はストレスなのでしょうか?

みんなで一泊二日の旅行に行ったのですが、その時は平気そうでしたね。「箱」を作る代わりではないですが、よく日記を書いていました。

──「箱」と違って、日記は人前でも書かれるのですか?

そうですね、日記はみんなに見られていても平気みたいで、どこでも書いています。廣川さんは何もせずにぼーっとするのが苦手みたいで、手が空いたら日記を書いたり何かしていますね。出先の電車の待ち時間に駅の受付カウンターでとか、旅行の宴会のテーブルとかでも書いていました。

──世話人室に出した「箱」に関しては、執着が甘くなるということはないですか?

世話人室に出たものは、「ください」と世話人が言うとくれたりするんですよ。くれるけど、本人の中にこだわりがあって、これが欲しいと言っても、「いや、こっち」と言われることもあります。

共生の芸術祭「距離のみちのり」展示風景 撮影:入交佐妃

──art space co-jinの企画した展覧会(共生の芸術祭「距離のみちのり」、2020年11月)やボーダレスアートミュージアムNO-MAでの展覧会(「アール・ブリュット‐日本人と自然- BEYOND」、2022年2月)の後、本人や制作に変化はあったでしょうか?

うーん、本人は分かったような、分かっていないような…。嬉しいというより、不思議な感じなのかな。でも、展覧会を観に行くと自分の「箱」をすごくよく見てました。やっぱり好きなんでしょうね。「持って帰る」とおっしゃらなくてよかったですが(笑)。

──「共生の芸術祭」の時(京都文化博物館)は、中原さんと一緒に来られた数日後に、一人で来てくれていました。

え、一人で?そうなんですか。まあ、あの辺はよく行くところなので。廣川さん、空間把握力はすごいんですよね。一回行くと覚えてしまう。

──廣川さんは一人で街中を出歩かれるのでしょうか。

そう、1人で生協に行って、段ボールをもらって帰ってくるんです。4、5枚をひもで縛って、地下鉄に乗って帰って来ます。もう慣れたもんです。最近は、休日だけでなく、仕事の日も終礼まで待てずに少し先に帰って、水やらガムテープを買って帰ってくるようです。

──スタッフの側はどうでしょうか。

いままでは、いらないものとして認識していたので、そういう価値があるのかと思ったり。

──でも、もともと、いらないものと言いながらも尊重はされていたんですよね。

そうそう。本人のこだわりが強くて、僕らもある種の趣味というかルーティンワークとして捉えていて、なるべく尊重はしたいけど、でも置く場所がないよね、っていうところでどう折り合いをつけるかっていう。

──こういう風に美術側の人間がある意味、勝手に評価して展覧会に作品として出したりすることは、福祉に関わる人から見て、率直にはどう思われるでしょうか。

廣川さんの気持ちは掴みにくいけど、本人が喜んでくれていればいいなというのが一つと、廣川さんってもともと出かけるのが好きなんです。それで、「作品展を見に行きましょうか」というと「行きますー」とすぐなるし、こんなことがなければ近江八幡(ボーダレスアートミュージアムNO-MAの所在地)に行くこともなかっただろうし、出かける一つのきっかけにはなっているんじゃないのかな。もちろん、世話人にとっても面白いことだと思います。

聞き手:今村遼佑、高野郁乃、舩戸彩子 編集:今村遼佑、高野郁乃

Profile
作家プロフィール

  • 廣川 照章 HIROKAWA Terufumi

    廣川の暮らすグループホームの自室には、大量のダンボール箱が高く積まれている。それらは「箱」と呼ばれ、内側と外側から何重にもガムテープを巻きつけて梱包されたものである。「箱」の制作は自室に鍵をかけて進められるため何が入っているかは明確にはわからない。
    「箱」は1日1個ほどのペースで作られ、日々増え続けていく。あまりにも生活を圧迫するため減らすようにスタッフが説得したところ、廣川は「命よりも大事なもの」な旨を伝えてきた。以来、廣川の意思を尊重しながら共存の道を探っている。